Dancers

Musicians

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大瀧 冬佳

団長・ダンサー

1990年千葉県生まれ。5歳よりクラシックバレエをはじめる。
コンクール、公演、舞台経験を経 て17歳で英国ロイヤルバレエ団のスカラシップを獲得する。
18歳のころ解離性障害により精神科 閉鎖病棟へ強制入院。
19歳で最愛の母を亡くす。
20歳で第一子出産。21歳で第二子出産。
幼少 より虐待、機能不全家庭で育つが、ダンスのおかげで様々な不遇な環境を乗り越え今を幸せに生きられている実体験から、身体表現の可能性に目を付けダンスカンパニーUzmeを2016年7月に立ち上げる。
2017年5月の旗揚公演を皮切りに社会にむけてダンスの価値を示すべく精力的に活動中。

宮島 周作

ダンサー・写真家

昭和23年生まれ、68歳
昭和49年 写真家デビュー
昭和55年 フランスに渡り経験を積む

パリで数々の個展を開催し、ジャック・シラク大統領のポートレートを撮影、ミック・ジャガーをはじめとする有名ミュージシャンのポートレートも担当。
世界的な写真家として名を馳せたあと、現在は写真を離れ、68歳にしてプロのダンサーを志し、従来のスタイルやジャンルを超えた独自の身体表現に挑戦している。

ダンスを精神面と肉体面との融合が必要不可欠な表現の最高峰と捉え、年齢差を感じさせない独自の踊りで人々を圧倒している。
大瀧冬佳と共にダンス界を越えて広く旋風を起こすべく、今回「自然神」として出演する。

Mio Kikuchi

ダンサー

5歳の時親に連れられて行ったバレエ教室に自ら入ると言ってクラシックバレエを習い始める。10歳で怪我と飽きによりバレエから離れるが、観る側になり数年が経った17歳に踊りたい熱が再燃、バレエを再開。

1年後、アメリカIdyllwild Arts Academyダンス科に入学。親元を離れ英語も話せず日本人もほとんどいない、さらに山奥という過酷な環境に一人で乗り込み、2年間バレエ、モダン、ジャズ、コンテポラリーを学ぶ。

帰国後上京、様々なオーディションを受ける中レビューカンパニーウズメ(偶然!)サポートダンサーとして出演。その後はフリーダンサーとして西麻布にあるSMコンセプトで本格的なダンスショーを魅せるShow Bar BLACK ROSEに8年間出演。最後の1年はダンサー全体の責任者を任され、オーディションから新人教育まで全てに力を注ぐ。

2011年3月より再渡米。NYのBroadway Dance Center, Peridance Capezio Centerで1年半修行。家庭の事情により2012年に一旦帰国し結婚するが、一人再々渡米し、やりたいことを貫く。

2016年春、本帰国。現在は10年来の友人が確立したバリ舞踊とモダンダンスのMixという唯一無二のジャンルで世界活躍中のバリアージ舞踊団に参加。人間の本質を魅せる表現者集団の一員として様々な場所で踊っている。お祭、幼稚園、デイケアセンター、ShowBar、有名ストリップ劇場のバックダンサーから6000人規模の大舞台までを経験し、“本質で踊る、魅せるとは何か?”を日々探求中。

いい意味で時に強すぎるメッセージを持った冬佳さんに、どこか目指すものの共通点を感じ呼ばれたような気がして。彼女が視ている世界を、私はどれくらい体現出来るのだろうか。観ていただく方全員に、何か心に刺さるものが残せればと思います。

鏡 ざゆら

ダンサー

1985年東京都生まれ。
3歳より劇団に所属、歌・演技・ダンスを習得。その頃より両親の虐待がエスカレート。
それが元でアトピーが悪化、一時寝たきりになり6歳で芸能界引退を余儀なくされる。その後も、自分を表現できないストレスから慢性的な体調不良、鬱病、自殺未遂を繰り返していた。追い打ちをかけるように20歳で脱毛症、30歳で全身脱毛症を発症。

絶望していたところに『舞踏』と出会う。初めてレッスンを受けた即日から体調が回復、脱毛症の部分的な治癒を体感。感動するとともに生きる希望を取り戻す。以来、“その人のありのままを芸術とする”舞踏に命をかけることを決意。

自らを題材とした動画作品や写真作品を作成する傍ら、多数のイベントや舞台にも出演。自身のトラウマと向き合いながら、自分の表現を模索し、追求し続ける鏡ざゆらの戦いは、これからも、死ぬまで終わることはない。

Uzmeでは、男や女、生と死、光と闇を超えた大きな愛の権化として登場します。
誰もが焦がれ、死ぬまで求め続ける『無償の愛』を、私の姿を通して皆さんにお見せできたらと思います。

ほそがい あづさ

ダンサー

1985年 東京都港区出身
幼少期にアニメ『アイドル伝説えりこ』に憧れ、自宅ライブを毎日開催。観客は祖父母と母の固定客3名。5歳から舞踊を始め、タップ、ストリートダンス等幅広くダンスを学ぶ。

「パパイヤ鈴木とおやじダンサーズ」PV やDPI NGO国連クラシックライブミュージカル等に出演。

舞台芸術学科のある高校に入学し、表現の道を志ざすも、当時所属していた地下アイドル?ユニットで将来に対し漠然とした不安に襲われ、一般企業への就職を決意。少しでも身体活動の要素を含んだ仕事という視点からフィットネス業界へ。9年半 スタジオ・プールでのエクササイズ指導やスクールのマネージメントを担当。

2016年 8月 独立を決意をしたタイミングで、団長 大瀧冬佳に出会う。
大瀧のダンスを見て、無理矢理封じ込めていた想いが爆発。
『冬佳団長……!!ダンスがしたいです……』
そして、再び表現の道へ。

「いつまで傍観者でいるの?」

始めて冬佳さんのダンスを見たとき、こんな言葉が私の中で響き渡りました。

私には無理だとか、ダメだとか、ずっとプロの表現者に壁を感じていましたが、その壁を作ったのも、外にいることを決めたのも紛れも無い自分自身だということを思い出しました。

もし、皆さんがなんとなくMaoを知りなんとなくMaoが気になったのなら是非心のままに観てみてください。
皆さんの中の何がMaoを引き寄せたのか、その答えを探しに行きましょう。

藤田 美香

ダンサー

1980年新潟県生まれ。
人前で話すこと、歌うこと、踊ることが好きな明るく活発な子供時代を過ごす。

17歳でうつ病、躁鬱病を発症し精神科児童病棟へ3年間入院をする。21歳で退院をし、22歳で社会復帰をする。接客業のアルバイト、介護や運動指導の仕事を通じて人の役に立てるようになるが、「青春期成長期を病棟で過ごした欠けてる自分」という意識から、いつも何かに怯え生きてきた。

2016年9月大瀧冬佳さんとUzme メンバーに出会い、作品に参加したいという思いで新潟から東京に通い稽古をし、ダンス経験2か月で舞台に立つ。稽古中に高層ビルから飛び降りるシーンを踊った時にデジャブを経験。状況や心境をイメージして踊ることが、疑似体験となり、過去ともう一度向き合う。踊るという自己表現が、自分自身と向き合うことであり、解放であると確信する。

この作品をみたひとりでも多くの女性の赦し癒しに繋がることを願い、練習に励んでいる。

山下 美和

ダンサー

みわ です。二児の母です。

わたしの中の叫び出したくなるような「熱」を感じられる人と場所。

それは私であることの大事な一部。「周りから見た「女らしく」「母親らしく」「人間らしく」生きてしまう、そんな今の生活の中では中々出せてない部分かな。笑

人の「熱」ってなんだか浴びちゃうよね。
あなたの中の「熱」も燃えてしまうよ。きっと。

蒼石 夕莉

ダンサー

7歳のころ「白鳥の湖」を観て衝撃を受ける。
ダンスを始めたのは就職後大人になってから。舞台活動を経てバレエ指導も始める。
大人から始めたダンスは一筋縄では行かず、紆余曲折あった。
自分の可能性を信じられないまま、ただがむしゃらにに歩んだ20年あまり。
今私は、自分の「可能性」「成長」を以下のように考え、そして変わろうとしている。

自分の可能性とは?

年齢や、持って生まれた身体の条件や、ダンスのスキルなどから、今まで自分が「この程度」と決めていた点を超えて、身体を使った表現の幅を広げる可能性。

何を成長だと思うのか?

他人から命じられたり、評価されたりするのではなく、自分で自分の目標や幸せを決めて進んだり、時には後退することさえ自分に許すことが出来る人に近づくこと。また、成果を出し続けること。

この公演の持つパワー

私が冬佳さんに強く背中を押された一番の理由は、結果を出している人だということ。その冬佳さんが音も脚本もこだわって一から作り上げる公演はどんなものになるのか、想像もつかない。

多くの人の背中を押し、巻き込んでいく冬佳さんと周りのアーチストの間で既に化学反応が次々に起きている。この新しいものが産み出されるエネルギーは半端ない。そのエネルギーは、近くで見ている私にも、小さくまとまっていられない衝動となって伝わってくる。
きっとそれを感じるのは、私だけではないと思う。

自分には可能性があると信じて、結果を出す。この作品に関わることを通じて、表現者としての自分を出し切りたい。

田中 望美

ダンサー

踊りたい。舞台で踊りたい。
未経験者に近い私ですが、ダンスに対して熱い想いを持っていました。

高校生の時に感じた踊っている時のゾクゾクする感じ、練習中に集中しすぎて無になる感じ。未だはっきりと覚えているあの瞬間をもう一度、そして今度はずっと続けていきたいと思っていた時に、心を撃たれる文章を書かれる冬佳さんを知り、旗揚げ公演を知り、参加を決意。こんな私であっても一生懸命踊ることで何か伝えられることがあるかもしれません。

中学生の頃に舞台上で踊る人たちをみたときに感じた夢や感動を、今度は届けられるよう全身全霊で踊ります!

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Hirobow

コンポーザー

足跡工房という自主レーベルをやりつつ、
シンガーソングライターとしての活動も並行して行い。他にコンポーザー、プロデューサー、レコーディングエンジニア、ミュージック・ビデオ撮影&編集なども手がけてる。

趣味で楽器作りや、家具作りも行い。
アートと呼べるもの全てに興味を持ってる。

曲作りで大事にしてることは、
聴いた人達の頭の中に
映像を浮かび上がらせること。
自分なりの世界を見せること。

それが出来た曲はいい曲だという意識で
常日頃、曲作りを行ってる。

何に付けても手を抜くという事が出来ない
コードも譜面もわからないまま曲を作ってきた。
不器用なアーティストです。

前山 宏彰

作曲家

HIBIKI PIANO 代表講師/ピアニスト・作曲家・調律師
1977.8.4生まれ。4歳よりジャズピアノを山本英次氏に、
クラシックピアノを善積利津子氏に師事。
幼少期よりジャズとクラシックを学ぶ事で独特の感性を培った。
スリリングな即興性と、繊細な表現力を持つ演奏が魅力。
21歳、ピアノに関係する業種全てに於いてプロとなる事を志す。
(楽曲制作・編曲・演奏・講師・調律・修理・販売)
24歳、フィリアピアノ調律師協会会長渡辺健氏に調律を師事、習得。
ドイツ研修旅行から帰国後、自ら”HIBIKI piano”を開業し、
講師・調律・修理の仕事に従事する。
その後(株)ユーロピアノと卸販売契約を結びヨーロッパピアノ普及に努める。
その間、常に演奏活動と楽曲制作に励む。35歳、小沢仁志監督主演
2013年度劇場公開作品映画「2代目はニューハーフ」で映画音楽としてデビューする
同年11月、ファーストアルバム「IT IS TIME TO」をリリース。
その後サウンドトラックを多数手がける。
郷ひろみ専属ギタリスト小南数麿氏とユニットを結成。
音楽を担当している映画「トモシビ〜銚子電鉄6,4キロの軌跡」が現在公開中。
現在、約60名の生徒を教えながら各方面で
精力的に活動をしている異色のピアニスト。
特に、子供たちや初心者も音楽の楽しみを味わえる
仕掛けを組み込んだピアノの編曲に定評がある。

あべ 舞子

ピアニスト

1984年6月12日生まれ。

第18回 日本ピアノコンクール 全国大会 第2位
第31回 カワイ音楽コンクール A級 東北大会 最優秀賞
ほか入賞多数。

パリ国立高等音楽院 准教授 上田晴子氏の公開レッスンをモデル生として受講。
2009年に初のソロコンサートを開催。

現在、東京・横浜を中心に活動中。

「ピアノが好きか」と聞かれたら、私は返答に困ってしまうでしょう。

これほど愛したものはないとも言えるし、これほど憎んだものはないとも言えます。

良くも悪くも、ピアノはいつだって私の人生に大きく関わってきたからです。

なので、ピアノが好きなのか、私にとってピアノとは何なのか、未だに自分でもよくわかりません。

ただ ひとつだけ分かっていることがあります。

それは、こんなにも自分の魂が躍動するものは他にないということ。

好きなことや楽しいことなら山ほどありますが、この躍動を感じられるのは唯一ピアノだけです。

その感覚が忘れられなくて、何度でもこの楽器の前に戻ってきてしまうのです。

滝田 恵美/Megumi Takita

チェリスト

ポップスチェリスト、作曲家、イベントプロデューサー。
1984年2月23日生まれ、栃木県出身。
宇都宮短期大学附属高等学校 音楽科 チェロ専攻、尚美学園大学 芸術情報学部 音楽表現学科 作曲コース卒業。
3歳よりピアノ、12歳からエレクトーン、15歳からチェロを始め、高校1年の時、独学で作曲を始める。ピアノ・エレクトーンを高久宣子氏に、チェロを増渕滋、宮田豊、三木敬之の各氏、作曲を坂田晃一氏に師事。ジャパンO・N・Oミュージックアカデミーにおいて、ボーカルを鳴海優一氏に師事。

岩船山クリフステージイベントにて、一青窈のオープニングアクトとしてサブステージに出演。NHK「いっと6けん」、第二日本テレビ「MIT3G」、テレビ埼玉「お~でぃえんすV」等にも出演し、メディアやLIVE等活動の幅を拡げる。

2009年4月、家業である栃木県のせんべい屋(株)都賀屋の音楽事業部長に就任。せんべい屋の音楽事業部として話題になる。インディーズレーベル『Gratia Records』、『チケット制音楽教室 Gratia Music School』を設立し、同スクールの運営を担当すると共に、チェロ、ストリングスアンサンブルコース講師を務めながら、所属アーティストとして活動。

2011年12月、(株)グラティアミュージックを設立、代表取締役社長に就任。拠点を東京へ移す。
2012年10月、東京・神田美土代町に『Live&Bar SECOND STEP』を開業。
オーナーバーテンダーとしてカウンターに立つ。
2016年5月31日、『Live&Bar SECOND STEP』惜しまれつつ閉店。
音楽教室は続けつつ、暫しの活動休止期間を経て、2017年2月より演奏活動を再開。
2017年5月8日、『BAR18神田店』店長に就任。場所はかつての『Live&Bar SECOND STEP』の目の前という、数奇な巡り合わせで再び神田へ舞い戻る。

現在は自身の演奏活動、音楽講師、バーテンダーとして3足の草鞋を履きながら、『面白い音楽環境を創造する』をテーマに、現代社会に適応した新しい音楽の場を創造し、音楽家とリスナーの架け橋を作るべく、様々な活動を展開している。

BAR18神田店
東京都千代田区神田司町2-15-16 1F
5/8(月)オープン
1,800円180分飲み放題
営業時間 16:00〜24:00
TEL 03 3259 7701

Seimei Kobayashi

ドラムス・パーカッション

音楽歴は邦楽から。生田流箏曲師範の家庭で育つが、学校での音楽の授業がつまらなくていつも寝ていた。

YMOを聴いてドラムがやりたくて吹奏楽部に入るが ティンパニー担当になりクラシックの道に脱線、音大で打楽器を専攻し、クラシック・オーケストラプレイヤーを経て現在に至る。

☆主な共演者

古謝美佐子(坂本龍一との共演、自身の曲・童神は山本潤子、夏川りみ、加藤登紀子にカヴァーされた。)BANDメンバーとして沖縄SATSANG YOGA×MUSIC FESに参加。 http://youtu.be/JUDG_LSSyZ8
http://yogasatsang.jp/en/yoginis/#yn03

SOKUSAI(EB/村上ポンタ秀一、JUJU、MISIA、八神純子) 瀬尾高志(JAZZ Bass/板橋文夫FIT) 西山”HANK”史翁(EG/久保田利伸、SHANTI ) 丈青/Pf、元晴/SAX、秋田ゴールドマン/BASS. (SOIL&”PIMP”SESSIONS) and more.

PAISTE CYMBAL (Switzerland) モニタープレイヤー http://moridaira.jp/paiste/paiste-artists-in-japan

一緒に踊ってみませんか?

ダンスカンパニーUzmeでは、ダンスのレッスンを通して「人生を豊かにしていただく」ための活動を行っております。
はじめての方には「一日体験プログラム」、本格的にダンスをやりたい方には、「プロダンサー養成プログラム」を提供しております。

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