日本神話「天の岩戸開き伝説」とUzme Art

誰の心にも天の岩戸がある

生きていれば人生は色々あり…時には自分の調子がすぐれず、何をしてもうまくいかず、氣持ちがふさぎ外に出たくなくなる時もあるだろう。元気そうで悩みのなさそうに見える明るい人にほど誰にも言いたくない過去があるかもしれない。他人は「そんなこと気にすることないよ」ってことでもあなたにとっては触れられたくないトラウマやコンプレックスがあったりもする。

心の鬼門=天の岩戸だと私は思っていて、自分の殻に閉じこもったままの自分を迎えにいくようなアートがUzme Artだ。見るものも舞うものも関わるものも自身の天の岩戸を開き、その中にいる自分を救いにいく。それは舞台の上に限ったことではなく、舞台に上がる前から関わった後もずっと長く影響しあっていく団体がダンスカンパニーUzmeである。

それはアートは、飢えを満たし、渇きを潤したり、欠けているものを補うにとどまらず、その後の人生の道筋を変えるようなパワーをもったものだと思うから。天の岩戸が開き、世界に光が戻る…そんなアートを届けたい。

天の岩戸開きとは

日本神話に登場するお話。

太陽の神様アマテラスが弟スサノオの度重なる悪事に心を痛め塞いでしまい、天の岩戸に閉じこもってしまった。世界から光が失せ、困った八百万の神様たちはどうにかしてアマテラスを外に出せないかと苦心する。どの神様が何をしてもアマテラスは出てこなかった。

笑いと狂喜の舞が扉の鍵

そんな時、舞の神様、アメノウズメが桶をひっくり返しその上で踊り始めた。その踊りは美しいというよりも狂っている感じで、次第にヒートアップしていくウズメの舞は狂気的だった。あまりの激しさに衣ははだけ胸も局所も露わになってもそれでもウズメはさらにトランス状態になって踊っていた。その踊りに八百万の神たちの大きな笑いと合いの手のような掛け声が入り天の岩戸の外は異常な盛り上がりになっていった。

原初の混沌の中に明らかに異なる存在というものが生まれた

「ひぃー」の掛け声に対し古代ヘブライ語のTETHU「(彼女は)出てくる」という意味の「テツ」という掛け声がかけられた。「ふぅー」「てつ」「みー」「てつ」「よー」「てつ」、これがのちに「一つ、二つ、三つ、四つ」という数えになっていった。

このひふみ祝詞は一から万へ宇宙が万倍でどんどん拡大するイメージの祝詞だ。これを唱えられながらアメノウズメはボルテージをどんどんと周りを囲む神たちと上げていき、ついにアマテラスが外のあまりの盛り上がりにつられて外に出てきたのだ。

そして世界に光が戻ったというお話が「天の岩戸開き伝説」である。

団長大瀧冬佳が外の世界に出てきた理由

今から約10年前、目が覚めたら見知らぬ天井が見え、そしてベッドに両腕と胴と両脚がくくられ身動きがとれず、あまりの驚きに声も出ず、色もモノクロの世界に見えた。知らないおばあさんが私のまつげに興味深々で触れてくるが私はそれを避けることも払うこともできずに固まっている他なかった。そのおばあさんは何か普通の人間とは明らかにどこか変わっていて、でもそれがなんなのかはわからなかった。

そこからしばらくしてわかったことは私は精神科の閉鎖病棟に隔離されていて、なんの病気かも心当たりはなく、病名を教えてもらうことはなく、そして退院の日もない、実質18歳からの残りの人生をここで終えるという選択しかなくなっていた。

毎食後コップいっぱいほどの精神薬をのまされ、自分の性格も思考も薬によって作り上げられていると錯覚するほど精神状態が管理されていた。暴れる日は眠らされ、刑務所のような部屋にいつまでも閉じ込められ、外を自由に飛び回る鳥が懐かしく感じた。外気に当たることもないので、季節の移ろいも感じない。

そんなところにいた私だが、実は閉鎖病棟から外の世界に出るのは嫌になっていた。閉鎖病棟には人間として保っている人はいない異常な場所だったけれども、そこにいるのが落ち着いた。外の世界は大変だ。辛く悲しいものを見なくて済む、感じなくて済む、痛い思いも、怖い思いもしなくていい。いいことも嬉しいこともない人生にはなるがそれでも外に出るよりここにいた方がいいと思っていた。

だけど、テレビで、踊りを見たとき、自分が生まれてきた意味を思い出したように「外に出なきゃ」と感じた。私は今までの経験を糧にさらに幸せになった光でみんなの閉ざされたものを開くために舞わなきゃだめだってなぜか思い、治らないとされてきた解離性人格障害を踊ることで克服し退院し、今に至る。

私の天の岩戸のお話だ。

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